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#特別編 『The 医療〜「ホリスティックドクター」と呼ばれて〜』(3)


若手鍼灸師の活躍をクローズアップする「レボLABO!」

今回は、「特別編」として、田園調布 長田整形外科の院長である長田夏哉(おさだ なつや)先生にお話を伺いました。

「生き方クリニック」とも呼ばれるこちらの整形外科。

一部ではなく全体を診て、感じて、本当の意味で「人を治す」とはどういうことなのかに向き合い続けていらっしゃる長田先生のインタビュー、最終回です!

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Q9. 先生はとてもご自身と向き合っていらっしゃると思うのですが、もとからやってきたのでしょうか

僕、自分、好きなのですよ。

今朝もミーティングで話したのですが、「信頼」と「自信」って、どう考えます?「自信」は結果的に身に着けるものですよね。出来たとか、人に評価されたとか。僕がやっているのはそうではなくて、自分への「信頼」なんです。

なにもなくても、最初から自分を「信頼」している。僕は僕でいいのだ、という信頼です。そこから行動をとっているのです。自信をつけるために行動をとるんじゃなくて、信頼したうえで行動をとっているのですよね。それが結果として、自信を持つことに繋がるんです。でも僕は自信を持っちゃうと、逆につまらなくなるので。だからあえてどんどん新しいことをしたくなる、っていうパターンですね。

信頼のない自信は、結果が違えば自信を失う、もしくは人の評価が悪いと自信がぐらつく、といったように、上辺だけのものになってしまうと僕は思っています。僕は自分自身を信頼していますし、自分にとても興味があるので、自分自身を見つめ続けています。僕、小学校の卒業文集に、「尊敬している人:自分」って書いているんですよね(笑)笑っちゃうでしょ。これを見たときに、自分はどっかでそういう感じだったのかな、と思いました。

自分を信頼しているけど、だから自信がある、というわけではないのですよね。信頼しているけど、不安になってくる。だから行動をとって、自信に変えていく。

信頼の上に作り上げた自信があるから、例えば人の評価が悪かったとしても、あまり気になることもないし自信もあまりぐらつかないですね。信頼が土台にあれば、どんなことでもチャレンジできます。自分の信頼は失われないし、どんどんやりたくなるんですよね。誰かに媚びを売ることもなければ、意固地になることもありません。そういう意味で、自分を信頼できていると、謙虚になれますね。

時にはあえて患者さんには極端な話をします。 犯罪を犯してしまったとしても、生命体としての自分には理由があったことを認めてあげる。生きるために隣の人のパンがどうしても食べたかった。ただ日本のルールでは犯罪になるから警察に捕まる、そう言うことですよね。

日本の社会性の中では犯罪になってしまうから、その社会のルールに同意してこの場にいるわけだから理性が働いて我慢する。それがいやなら、そういうルールのない国に行けばいいわけだから。そうすれば生命体的には健康でいられるわけですよね。日本という社会ルールのある場所にいて、それが自分の中で楽しめないものであって、より自分を出せないものであったとしたら、国を変えて別の国にいくこともありですよね。

大袈裟かもしれませんが、それくらいの“自分”に肯定感、信頼感を持っています。

Q10.  自分を信頼するって難しい印象があるのですが、何か先生からアドバイスはありますか

限定的な信頼になっていると、難しいかもしれませんね。そういう時は、こういう自分は信頼できるけど、こうだと信頼できない、というジャッジが入っているのですよね。「自分だったらなんでもOK」っていう、ただそれだけなのですよ。自分の中に「こういう自分は好き、こういう自分は嫌い」というのがあると思うのですよね。そのパターンが見えてきて、こういう自分だと信頼できてないな、という状況が俯瞰できていたら、それはもう信頼できているのですよ。全然難しくないのです。みなさん、できる。

できないと思っていることって、したくないだけなんですよ。自分のパターンと状況をわかって、ハグできていれば、もう信頼できていますから。いろんな感情があっていいのですよ、嫌いな自分がいていいのです。喜怒哀楽は楽しむためにあるんですから。

例えばテーマパークのアトラクションでいったら、ジェットコースターもあればお化け屋敷もあるし、メリーゴーランドもありますよね。怖い怖いっていいながら、自分で選んで体験しているわけです。ファンタジーばかりでは楽しくないじゃないですか。恐怖を感じたり、いろんなサプライズで驚いたりすることが楽しいわけでしょ。人生もそれと同じなんですよね。毎日同じだったら全然楽しくないですよね。喜怒哀楽があるから、楽しい。そういう意味では、経験に「良い」も「悪い」もないですよね。そういう感覚でいると、人生の全体像が見えてくるのですよ、ナスカの地上絵を見るように。「あぁ、こういう絵を見ていたんだ」って。

例えばその中に、自分にとってあまりよくないパターンが存在しているのが見えたときには、それを変えていくこともできるわけです。どうしても選んでしまう時には、どこかにメリットだと思っていることがあったりします。本当はデメリットなのに。そこの気づきと変化をサポートするといった視点で、僕は医療をやっているのですね。

今の時代の「良い・悪い」も、時代で変わるかもしれませんよね。そういう社会ゲームをしているということをちゃんと見たうえで、俯瞰した状態でどうするか判断することがやはり大事ですよね。

Q11. ご自身と向き合うために、生活に取り入れていることはありますか

僕は1日40分ほど、呼吸法や瞑想的なことを取り入れています。僕自身、結構ガッチガチに入っていますから(笑)自分でも滑稽だと思うのですが、わかっていながら、同じような感情を抱いたり、行動とったりしているのですよね。そのことを「アホだな」って笑い飛ばすくらいに思えているときは、大体体に反応は出ないですね。

気づくとだんだんとそういうことも、減ってきています。だけど自分の肉体をもっている以上は、サバイバルルールが入っているから、ゼロにはなりません。だからかえって、「なにもないです」というのは危ないですね。「何もない」と思いたいだけですから。「ある」ということオープンに、自分で感じられている状態でないと、揺らいでいない状態になってくるので、不健康になります。

WHO(世界保健機関)で、健康とは「ダイナミック(動的)な状態」と言われたように、スタティック(静的)ではないんですね。そう考えると、症状の有無よりも、症状が感じられている状態、症状を理解出来ている状態が健康であって、「なにもないです」という方が健康じゃないですよね。気がついてない部分があるわけですから。

例えば、「肩こりなんて無いです」という方に限ってガチガチだったりするじゃないですか。そういう方もいるのですよね。だから敢えて言及すると、「何もない」状態よりも、あると認めて、自分をわかっている状態、自分をすべて見通せている状態、俯瞰できている状態が、本当に「健康」な状態なのですね。そうすると肉体だけではなくて、自分が生きてく中でのいろいろなことが「健康」につながってきますよね。

WHOが健康について、社会性、精神性、身体性、あとは、霊的にも、スピリチュアル的にも整った状態のことを言っています。そういうトータル的な存在として整った状態、かつ動的な、動いている状態のことですよっていうのを、まさにそのとおりだと思っているので。僕がやっていることはWHOの健康の定義に沿っていると思っているので、これこそ、医者だから当たり前かなって思っています。

▶清潔感があり落ち着ける空間の待合室。自律神経を整えてくれる音楽も流れています。

Q12.  鍼灸についてのお考えを聞かせてください。

鍼灸は非常に重要になってくると僕は思っています。エネルギー体と肉体というものがある中で、エネルギー体と肉体のつながり、エーテル体と肉体の接触する部分に対して、肉体に対する施しですから。エネルギーの流れ、気の巡りというところで、経絡というものが非常に大きな役割をしています。考え方としてとても必要なものであると思っています。

僕は、外から見ると統合医療・ホリスティック医療と言われますが、西洋・東洋ではないんですね。肉体的なものを扱うことでエネルギー体のバランスが整っていき、気づきにつながっていくということに関して、鍼灸治療やサウンドヒーリングなどもそうですが、そういったものを重要視しています。これから僕がやっていくビジョンの中で大きな部分を占めるので、僕をモデルケースとしてやってくれるところには必ず鍼灸ってものが加わってくると思います。入れ替わりはありますが、ここにはいつも鍼灸師がいます。皆さんのほうが医者よりも肉体に触れているので、感じるものは多いと思うんですよ。

西洋医学の医者は触れているようで、触れ方が違いますから。医者は確認する触れ方ですが、みなさんは、感じる触れ方ですよね。同じ触る・診るでも全然違います。みなさんが触れて感じたことを、相手や医者にフィードバックしたり教えてあげることが今後もっと広がっていくといいと思います。

今の現代医療は頭で考えて見たものだけで判断して確認する作業が主ですから、そこに感じたことを加味して捉えようとする視点があれば、医師は感じられなくても、受け取りやすくなるかもしれないですよね。そういうところに僕も影響していけたらいいなと思っています。

※エーテル体(幽体):人間の霊体を形成する粒子の中で、一番レベルの低いもので肉体と不可分に密着している。

Q13.「西洋医学」についてどのように考えていらっしゃいますか

ルネ・デカルトが、肉体とそうでないものを分けて考えましょう、といって作り上げられたのが最初の西洋医学の始まりなのです。だから大前提として、西洋医学は「全体を見ないもの」なんですね。肉体だけを切り取って見ましょう、ということです。その前提条件を忘れてしまって、社会性のなかで西洋医学主体の現代医療が“これが全てです、全体を捉えています”と言う感じになってしまったところから、本質からズレてしまったのだと思います。

そもそも西洋医学の基本としている “科学”というものは、“現象の合理的な説明付けを、統計学という相関性を見出す手法などを駆使して行っている”だけで、“物事の真理・本質の探究”を行っているのではありません。

肉体に結果として出ているものを、現代医療を使って検査をしたり治療したりするという意味で、西洋医学は大事です。しかし科学と同じで、時代によって常に映し出す精度が違いますから、表現化するものも違ってくるわけです。江戸時代だったら健康体とされる状態が、今の現代医療でみると異常であったりする。2017年では異常なしと言われる状態も、2050年ではわからないですよね。これはいわゆる静的な健康、止まった状態での健康ですから、2017年の検査で異常がないことを「健康」とは言い切れないわけです。

それよりも、自分の感じている反応であったり、感情的な波であったりを見て、今自分は健康かどうかを判断する。それが真実ですよね。僕が医者としてみているのは、そういうところです。

僕は、自分の診療は医療としてスタンダードだと思ってやっています。特別扱いしたくないのですね。だから、敢えてずっと保険診療で、普通の医療としてやっています。

10年間、僕がこだわっているのは、自分が特別なことをしているのではなくて、医療だから、医者だから当たり前のことをやっている、という視点です。僕がこれから先、医療従事者の方々への教育をしていく際に、実際にやってきたという礎がないと信憑性がないなと思っています。患者さんに対する啓蒙としても、通常の保険診療の中で新たな視点から違う景色を見てもらうことを大切にしています。

その両方があって、今まで何十年と形が変わらなかった医療・ヘルスケアに対する固定観念を、構造から、考え方から変えていくことが、僕の今回の役割だと思っています。

※ルネ・デカルト:フランス生まれの哲学者・数学者。合理主義哲学の祖であり、近代哲学の祖として知られる。

Q14.  今後のビジョンを聞かせてください

セラピストや医療従事者、施す側の啓蒙的なエデュケーションを今はワークショップやイベントでやっているのですが、スクールを創ったりYouTubeで配信したり、ということも考えています。

福岡と大阪と仙台で、2日間のワークショップをやります。ワークショップのあとに個人面談で質問を受けることもありますね。アカシックリーディングといって、過去生などを読み取れる僧侶の友人がいるのですが、彼と僕のコンビでやっていきます。「悟と治る、治ると楽になる」で、「悟治楽道」というコンビ名にしています。そんな風に、エデュケーション的なことや、治療的なことを伝えていきたいです。

代替療法や現代療法のドクターの間にある垣根を調和していくことも大事だと思っています。僕の本を読んでイベントに来てくれる医者もいますし、実際に僕と妻とで、医者とつながる会も作っているんです。共感してくれる先生たち、いろんな科の先生たちが集まっています。うち(田園調布整形外科)で内科を専門にしている内科のドクターも、同じ感覚でやっています。自分が意思表明していくと大体つながっていきますからね。表現することが大事になってくると思っています。

医療的なこととしては、ここでやっている統合医療的なこと、ホリスティック的なこと、リーディングも取り入れた統合医療、音や色を使ったセラピー、鍼灸を使った、西洋東洋を抜きにした「気づき」へのサポートですね。これを本当に、医療のスタンダードにしていきたい。僕のここでの成果を基盤にして、関わる先生たちを含めてやっていきたいと思っています。

もっというと、リトリートセンターを作りたいとか、いろいろあるわけなんですが。生まれたときから死ぬまで、本当に人間らしく生きる、和のリトリートセンターを作って、海外ともつながっていきたいですね。日本には日本食もあるし、禅などもありますから、それを今度は海外の人が学びに来てくれるとか。

夢はたくさんあります。コンビニ感覚で行けるエリアを作って、音や色のセラピーがあって、その空間に行くことが気づきに繋がる、自律神経の調整になる、とか。企業に勤務している人は週に何時間かそのエリアに行かなきゃいけない、とかどうですか。ヘルスケアになりますよね。ヘルスケアの「ヘルス」って、病気を治すってことよりも、生き方っていうことですから。

ここはよく「生き方クリニック」と言われるのですが、生き方をサポートするということを「医者」という理屈でやっているというだけですから。医者というカテゴリーが入り口なのですが、実際には「生きる」ということに対して、自分の生き方を見せることが誰かの参考になったり刺激になったりしたらいいなと思っています。共感じゃなくても、刺激でいいと思うのです。刺激があると動きますから。動いていない人たちが、僕と出会うことで動き出すから。僕が関わる、僕の生き方、僕が行動をとることがいろんなことに動きを作っていくのかな、と思っています。

本当は、治療をどうするか医療をどうするか、という感覚はあまりないんですね。しいて言えば、医者という入り口から入ったので、こういう形でやっているわけで。自分が医療をしていくうえで、気づきがないような医療はしない、必ず医療の現場でも「生きる」ということへの気づきに行きつく。そういう形でやっていく、というのが僕の考えです。

本当に幸せになって、自分を生きた、と思えるようなことを、肉体に対してできることによって、そういう自分を生きたな、と思うことが、みなさんもそこを目指してやりたいとおもってるだろうし、実際、僕を求めてくる患者さんはそういう思いで来てるんだけど、言葉的に、頭的には、治すとか症状を取るということしか浮かばないから、そう言ってるだけであってね。本当は別のことがあるんだけど、それが言葉にはできない、わからないから、脳では「この症状なおしたいから」となるんだよね。そんな感覚で僕はいるんですよ。

※アカシックリーディング:霊界と交信が出来る特殊能力を持った人間が過去から未来までの歴史を読み解く技法。 ※リトリートセンター:和訳すると「避難する場所」と言う意味。日常生活の喧騒から少し離れて、空気が澄んだ自然の中で過ごす場。

【編集後記】

ご自身の今までの経験や、実際の治療の様子、これからのビジョンまで余すところなく語りつくしてくださった長田夏哉先生。先生のように「生き方」を見つめることまで一緒に寄り添ってくれるような医療が、今の日本にはとても必要なものなのではないでしょうか。

私たちも鍼灸師として「人を診る」ことともっと向き合っていかなくては、と感じさせていただきました。

田園調布 長田整形外科では、様々なイベントなども開催しています。ご興味のある方はぜひご確認ください!

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